- ※イースタン・マリーン Eastern Marineは1976年に設立、漁船や船舶の建造に成功するも1980年代半ばの低迷で苦戦し、1988年に倒産。新しい会社、イースタン・シップヤーズ Eastern Shipyardsがすぐに現れたが、1992年に2隻の溶融硫黄運搬船を建造する契約をするも建造後に閉鎖。そののち、トリニティ・マリン Trinity Marineにアラントン・ロード施設 Allanton Road facilityは買収された。ハルター・マリーン・グループ Halter Marine Groupの一員として分離される1997年までモスボール状態だった。一方、イースタン・シップビルディング・グループ Eastern Shipbuilding Groupは1997年にネルソン・ストリート造船所 Nelson Street shipyardで運営を再開。2000年にフリード・ゴールドマン・ハルター社 Friede Goldman Halter, Inc. からアラントン・ロード造船所 Allanton Road shipyardを買収した
- ※2018年10月10日に中型海上警備カッター・アーガス Argus(WMSM-915)の建造を開始する予定がハリケーン“マイケル Michael”(カテゴリー4)により遅れた(1、2)
- ※USNI Newsが入手した情報によると、イースタン・シップビルディング・グループは、プログラムの状況により“大きな財政的負担”が生じているとして、米沿岸警備隊のヘリテージ級Offshore Patrol Cutterの作業を中止した。“イースタン・シップビルディング・グループは、プログラムの構造と状況に起因する重大な財政的負担のため、Offshore Patrol Cutterの作業を一時停止するという苦渋の決断を下しました。最善の努力を払っておりますが、現状では継続は不可能です”と、イースタン・シップビルディング・グループのCEO、ジョーイ・ディゼルニア Joey D'Isernia氏はUSNI Newsへの声明で述べた
- ※コネチカット州 State of Connecticutのグロトン Grotonにて、1899年にエレクトリック・ボート社 Electric Boat(EB)が設立。1960年、ジェネラル・ダイナミックス社 General Dynamics(GD)が買収
- ※潜水艦ガトー/バラオ級の項でも触れたが、エレクトリック・ボート社はもちろんエレクトリック・ボート社製の図面で建造。エレクトリック・ボート社設計案は主錨が右舷(潜水艦ガトー/バラオ級の(最初の3隻(ガトー Gato(SS-212)~グルーパー Grouper(SS-214))は両舷に装備するものちに1基に減らされる)。上部構造のフリー・フラッド・ホール(半月の穴が一列に並んでいるヤツ)が半月型。艦橋(Farewater)の直前まで並び、そのあとはスリット状になっている。ポーツマス海軍工廠設計案は主錨が左舷。上部構造のフリー・フラッド・ホールが角丸長方形で、上部構造の後端まで上下3~1列に連続して並ぶ。同社で建造されたのガトー(SS-212)、グルーパー(SS-214)、シアロー Cero(SS-225)の3隻は上部構造の半月型フリー・フラッド・ホールの上に角丸長方形型フリー・フラッド・ホールが上部構造の後端まで連続して追加されている。この改装は1943年後半~1944年前半にかけてのもの
- ※2025年2月に、この造船所で潜水艦の進水に使用していたGraving Dockポンツーンが、役目を終えて引退。Thames Riverを遡上してグロトンのMohawk Northeast, Inc. に運ばれた
- ※原子力弾道ミサイル潜水艦ディストリクト・オブ・コロンビア級の建造で使用する新しい浮きドックAtlasが到着した。ルイジアナ州のBollinger Shipyardsで建造して、2,100マイル(3,380km)の道のりを回航してきた。これを、主要構造部の組み立てを担当するSouth Yard Assembly Buildingの隣に設置。全長618ft、全高90ft、全幅140ft
- ※第二次大戦後のモジュール工法の起源:現代のモジュール造船は、戦後の日本において、かつて戦艦大和を建造した乾ドックから始まった。広島近郊の呉海軍工廠は、1950年代に日本のIHI(旧・石川島播磨重工業)とアメリカン・ナショナル・バルク・キャリアーズ American National Bulk Carriersの提携により、民間造船所へと転換された。その際、ドイツと米国の造船業者の知見が活かされた。“日本の造船業者は、NBCが採用した新しい造船手法-これにより造船期間を劇的に短縮できたこと-や、船舶の大型化という潮流を主導するNBCの姿勢に特に感銘を受けました”と、元日本海軍の中山定義氏と千早正隆氏が1966年に
「プロシーディングス Proceedings」誌で発表した日本の造船業に関する記事には記されている。日本の造船業者は数十年にわたってこのプロセスを洗練させ、家屋ほどの大きさのモジュールを建造した。そして、管理された環境下で配管やそのほかの艤装品を精密に配置し、それらをほかのブロックと接合・溶接して船全体を組み上げられるようにした。エンジン、ボイラー、タービンといった主要な構成部品は、それらを包み込むようにモジュール区画が構築される段階で組み込まれた。同時期、スウェーデンの造船会社Götaverkenもモジュール式造船法を開発していた。1968年、当時リットン Litton社の傘下にあったインガルス造船所は、スウェーデンのモジュール工法の原則に基づいた新しい造船所リットン・アドヴァンスト・マリーン・プロダクション・ディヴィジョン(Litton Advanced Marine Production Division: LAMP)を建設した。LAMPは、611エーカー(約247ヘクタール)におよぶ巨大な組立ラインとして設計された。軍艦は「グランドブロック grand blocks(巨大ブロック)」に分割され、専用のレール網の上で車輪付きの台車(クレードル cradles)に乗せられ、造船所内を移動した。同造船所はこの手法を用いて、米海軍向けのスプルーアンス級駆逐艦31隻を建造した。1970年代、オハイオ級原子力弾道ミサイル潜水艦の建造計画において、モジュール方式の採用は引き渡しまでの期間短縮に寄与した。ジェネラル・ダイナミックス・エレクトリック・ボート General Dynamics Electric Boat(EB)社は、一部のモジュールの製造をコネチカット州グロトンの造船所から、ロード・アイランド州クオンセット・ポイントに新設された専用施設へと移管した。製造されたオハイオ級のモジュールは、ナラガンセット湾からテムズ川を遡り、艀でグロトンまで輸送された。1990年代後半、連邦議会はEB社とHII社(ニューポート・ニューズ造船所)に対し、ヴァージニア級潜水艦の各区画を分担して建造するよう求めた。両造船所は最終組み立てを行うために東海岸沿いで区画を艀輸送し、交代でそれらを接合して完成艦を引き渡す体制をとった。この協力体制はコロンビア級潜水艦の計画にも引き継がれており、2016年の海軍の発表によれば、HII社が艦首・艦尾区画を、EB社が中央船体(バレル)区画をそれぞれ担当することになっている。なお、コロンビア級の完成作業はすべてEB社で行われる。こうした協力体制がとられた背景には、やむを得ない事情があった。冷戦終結後に防衛産業の基盤が縮小する中、米国内に2つの原子力潜水艦建造拠点を維持するためのリスクヘッジ策として、この体制が採用された。1997年、海軍の調達担当トップであったジョン・ダグラス John Douglass氏は上院軍事委員会への書面による声明の中で、この協力体制について“潜水艦の低頻度生産を維持するための合理的なアプローチである”と述べている。それから30年が経過した現在、海軍と造船各社は、受注残の積み上がり、AUKUS潜水艦計画に伴う国際的な責務、そして引き渡しの遅れといった課題に直面している。“分散型造船”は、こうした新たな一連の課題に対する、古くからある解決策なのだ
↑A Virginia-class under construction at General Dynamic Electric Boat. EB Photo. Image courtesy of USNI news.
Update 26/10/07